054. 日付けのない日記⑥
2015年08月23日
 7月の終わり、所用の合間を縫って出掛けた僕は中央・総武線の電車を待っていた。
 一番の目的であるガイジンで催されている木村和平氏の展示を見るため高円寺へ行こうとしていたが、ついでに吉祥寺もふらふらしようと思っていた。その日は電車が一部運休になっていたり遅延していたりしたため、中野駅止まりの電車を降りると、しばらくホームでぼんやりとしていた。同じく電車を待っている人の中に、傘を持った人がちらほらいる。確かにビルのあいだから遠く見える群雲は暗く、夕立がきそうな雰囲気であった。僕は傘を持ってきていなかったので、このまま雨が降らないことを祈った。
 やがて電車が来たので乗りこんだ。まず吉祥寺駅で下車し公園口を出ると、人が多く感じた。世間は夏休みになっていた。そして思いのほか空は明るく、どうやら雨は降らずに済みそうではあったが、夏の日差しは少なからず僕の気を滅入らせた。何故か僕は熱中症になることに過度の恐怖を覚える。こういう時は、ふらふらしようと思っても結局は行きたい店に行くだけで終わってしまうのが常だ。道路沿いにあるレコードショップを覗くと、ワイシャツを着たサラリーマンらしき中年男性が無心にレコードを繰っていた。お昼休みの時間なのか外回りの途中なのか、以前、新宿のレコードショップでもこのくらいの時間帯に同様の光景を見かけたのを思い出した。彼の趣味や家庭のことなどを勝手に想像すると、必ずしも僕は幸せな心持ちにはなれなかった。次いで寄った古本屋では買いたいと思わせる本が沢山あり、日々の雑事を忘れ、夢中で棚を眺めた。棚を見ている僕の姿はさっき見かけたサラリーマンと何ら変わらないものであっただろう、と後から思った。その店では結局、文庫を1冊だけ買った。
 それから僕は公園口とは逆側へ向かった。何か考えながら歩くには通りに人が多過ぎる。僕は何を見るでもなく考えるでもなく、始終ぼーっとしていた。ふと、梶井基次郎の小説を思い出した。登場人物は何か身体的な病気を抱えていたりするのだが、街を鬱々と彷徨しては自然やある情景を見て少し心を清くしたり、不意に滅入ったりする。そんな彼らに自分を重ねたわけではないが、今度書くブログの記事の題を『夏の日』としようか、などと思った。目的の古本屋へ着くと、クーラーが効いていて快適だった。棚を隅から隅まで見たが何も買わずに店を後にした。帰りがけ、通った商店街に喫茶店を見つけたので入ろうかどうか迷いつつ、僕はそのまま駅へ歩みを進めた。
 高円寺に着くと、早速目的のガイジンを目指した。スマートフォンの地図を見ながらでも案の定道に迷ってしまい、うろうろしているうちにだいぶ汗をかいた。夏にかく汗は嫌いではないが、これから人と接するであろうという時にかく汗は野暮ったくて少し嫌だった。ようやく店を見つけて入ると、すぐ右手側に写真が数点展示してあった。奥にも少しサイズが大きなものが数点。ガイジンの古着を着た女性がモデルになったものや、風景など。見ていると奥から店員さんが出てきたので、写真を購入したい旨を伝えた。今回の展示では作品の販売があるというので僕はとても楽しみにしていて、普段は持ち歩かないような小金を財布に忍ばせてきていた。「じっくり見て吟味してください」と店員さんは言った。女性がモデルになっている写真も良かったが、部屋に飾るにはいささかぱきっとしていて画が強すぎるため、浮いてしまうような気がした。僕が選んだのは光がグレアというかブラー状になっている写真だ。10人に聞いたら恐らく好き嫌いは抜きにして10人とも綺麗であると答えそうなもので、綺麗すぎてかえってあざとい印象すら与えかねないと思ったが、それは買わない理由にはならない。購入の際、店員さんに「ガイジンは初めてですか」と聞かれたので僕は、以前通販を利用したことがあります、と答えた。とは言っても、僕が購入したのは服ではなく、フォトジンやMIX CDだった。しかしこういう店を見たり買い物ができる女の子が心の底から羨ましいと思った。作品の受け取りは展示の会期終了後とのことだったので、代金を払い記帳をして僕は帰途についた。
 
 後日、展示が終わり写真の引き取りが可能になったとの連絡を受けた。それから何日か経った後の休日に出掛けることにした。
 まず品川の原美術館へ行った。サイ・トゥオンブリーの展示を見るのも僕は密かに楽しみにしていた。土曜日だったせいか、人出は思っていたよりも多かった。作品は想像していたよりも大きいサイズで、近くから見るのと遠くから見るのとでは印象が変わった。順番はあまり気にせず、行きつ戻りつして見て回った。
 それから渋谷で珍しく服を買った。それは当初の目的のものではなかったが、僕は新しい服を買うと、外へ出る意欲が湧くという単純な男である。本来買う予定だった服は、オンラインショップでは”店頭在庫残りわずか”となっていたので、在庫を電話で店に確認すると、「システム上では在庫有りの表示になっているのですが、これはエラーで、店舗を確認したところ品切れでした。」とのことだった。対応した店員さんは続けて「申し訳ございません。大丈夫ですか?」と言った。僕は大丈夫です、ありがとうございます、お手数おかけいたしました、と答えたが内心、大丈夫って何だろう、と思った。僕がダメですと答えたら、店員の中の誰かが私物として所持しているものを安価で譲ってくれたのだろうか。一体どういう対応をしたのだろう、ないものはないはずのに。
 渋谷から新宿へ向かい、電車を乗り換えて高円寺駅で降りると、ガイジンへ向かった。僕はまた迷った。一回行っているから大丈夫だろうと高をくくっていたら前回と全く同じ迷い方をした。この店は見覚えがあるぞ、と思いながら歩くも、そこは以前迷って当てもなくうろうろしていた時に通っていた道だった。夕闇が迫っていたが、まだまだ蒸し暑かった。結局スマートフォンの地図を見ながらガイジンへ着くと、写真を受け取った。にわかに気分は高揚した。高円寺では絵本専門の古本屋と、古書店へも行った。それぞれ絵本を1冊、文庫を3冊買った。すっかり日が暮れた商店街の雰囲気は堪らなく良いもので、買い物袋を下げた人たちとすれ違いながら、何かを味わうように少しゆっくり歩いた。肩に荷物をたくさんかけた僕は、いつもよりも充実した心持ちで帰りの電車に乗った。


(アルベルト志村)
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