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060. 縁
2016年02月24日
 電車で同じ車両にたまたま居合わせた人は、前世でも同じ空間――江戸へ続く街道のとある茶屋とか、あるいはアフリカあたりで何かの祝祭が開かれた広場――にいたことがあったかもしれない。ある人と関係が深くなれば、昔も友達だったのかも、とか昔は恋人だったのかも。疎遠になってしまえば、実は昔もそこまで固く結ばれた関係ではなかったのだろう、とか昔もこうやって自然に離れていったのかな、という具合に考えることがままある。
 僕が特に好きなことわざで(座右の銘とか好きな名言はぱっと浮かばないが、ことわざだけはこれと決まっている)、「袖振り合うも多生の縁」というのがある。僕には前世の記憶がないので、前世の存在を論理的、物理的な観点から見て肯定しているわけではないが、全く否定はしていないし、あっても不思議ではないと考えているし、思想としてその存在に妙に納得もしている。
 そもそも何でもないような人との出会い――たまたま行ったライブで隣になった人と軽い挨拶をしたなんていうレベル――それ自体も世界に何億といる人の数を考えると、物凄い確率だと思うのだが、自分にとって良い、あるいは悪い等、印象に残っているものだけをピックアップして「これは縁だ」と主張するのは都合がよすぎる気もする。自分の誕生日の数字がやたら目に入ってしまうように、意識の偏りから、目立ったものだけを取り上げ勝ちになる。その反面、そんな途方もない確率の中から出会って(遭遇して)更に印象に残ったり何かが通じ合う人と知り合うことは、もっと確率は低いはずで、確かに縁とも言えるかもしれないな、とも思うのだ。
 かつて知り合った人に「縁って不思議だけど、やっぱりあるものだよ」と言われた。確かにその人との知り合い方は不思議だった。意外な人と人のつながりを知ったこともあった。あらゆる出会い――人でも物でも出来事でも何でも――に於いて、自分の力がとても及ばないところから、何らかの力が働いているような気がする時はある。
 縁とは一体、何なのであろうか。

 去年の今頃だったと思うが、とある展示に誘われた。僕も行きたいと思っていた展示だったのでオッケーの返事をした。調べてみるとその会期中、あるワークショップを開くというので興味を持った僕は、せっかくの機会だし参加してみようという旨も伝えた。抽選で外れるのを覚悟で応募してみると、あっさりと当選した。僕が想像していた以上に応募者は少なかったのかもしれない。
 当日、待ち合わせに遅れるという連絡があったので、展示がある博物館の最寄り駅でぼんやりとしていた。辺りにはコンビニとスーパーしかなかったので、ずっと駅舎の中から窓越しに風に揺れる木を眺めていた。
 ワークショップでは各々があるテーマ(大まかに言うと自分が好きなものとか影響を受けたもの)に基づいた資料を持ち寄るように言われていた。参加者は20人ほどだったろうか。大学のゼミや少人数の外国語の授業で使うような部屋で、共通の目的を持つ見ず知らずの人たちと数時間一緒に過ごすのだ。参加した人たちの趣味という個人的な――内面に根差した嗜好、そのほんの僅かな一部分に触れて、何となくその人となりを想像する。それぞれの趣味の中に、僕が好きなものや興味のあるものと共通する部分を見出して、具体的な想像の材料とするわけだ。そこから話し方や服装の傾向なんかも見てみる。ある意味でそこは自意識の発露の場だった。自分を基点としたアナロジー、すると少し“他人”ではなくなったような気になる。奇妙なつながりを発火点にして、異様な熱気が時間の経過とともに部屋に充溢していくのを感じた。そして同時に、僕がその熱気に上手く乗っかれずにいるのも。
 ワークショップが終わり、僕たちは部屋を出た。その部屋から出てしまえば参加していた人たちとはまた“他人”に戻る。厳密に言うとワークショップ中も他人だったのだが、そんなものは存在しないのにまるでスイッチが切り替わったかのように戻る。そう見えた。
 帰りの駅のホームで参加者のペアをたまたま見かけた。向こうがこちらに気付いたかどうかは分からない。何か声をかけていれば繋がりができたかもしれないし、何もしなければこのままもう一生会うことはないだろう。それは人生を変える出会いだったかもしれないし、全く影響しない出会いだったかもしれない――その時ふとそんなことを思った。よくあることだし本当に些細なことだが、人生の分岐点のようなものを感じて、悲しみなのか寂しさなのか分からない何かで心がぎゅっとなった。何かが交差した瞬間、地点に立っていた。
 何万何億と繰り返される小さな大きな出会いと別れの積み重ねに果たして耐えられるのか。そんなこといちいち気にして意識したらきりがないし、気にする人もいないと思うが、自分はどうなのかと考えた。これはまさに縁だ、と思うような出会いや遭遇したチャンスがこれまであった。しかし、その僥倖に甘え、努力を怠り、他人に任せて、かすかなつながりの萌芽を見せたそれらを見事に自分からぶった切ってしまった、という自覚、悔恨があるのも事実だ。人間関係に於ける問題ひいては性格を正当化して、弱さをごまかすために僕は“縁”という言葉を使っているのではないか?「縁がなかった」という割り切り方はどこか自分の責任を遠ざけている印象がある。それは人知を超えた力がそうさせたのだから仕方がなかったのだ、という言い訳ではないか?――煮え切らない感情の狭間で僕はしばし揺れて、「……まぁ出来る限りやってみてダメだったら、そうしたら縁がなかったってことだ」なんて嘯くのだ。
 
 ちなみにワークショップで作ったものは、封筒に入れて持ち帰ったまま開くことはおろか触ることすらしていない。あの時の熱気がそのまま凝縮してコンパイルされているような気がして、カーテンを閉め切った冷たい部屋の中にあっては、その温度差にとても耐えられる気がしなかったからだ。今ではその存在は部屋の中でも僕の中でも希薄になっているが、やはり開ける気にはならない。


 何故1年も前のことを今更書くのかというと、ワークショップの参加者に、アインシュタインズのツイッターアカウントをフォローしている方がいたためである。恐らく忘れてはいなくとも細かい所の記憶はもう朧であろうと勘定した(そして恐らくこのテキストを見ないであろうことも)。当時タイムラインを眺めていてツイートを見た時は驚き、世間は狭い、と思った。


(アルベルト志村)
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