070. お知らせいろいろ
2016年12月28日
あっという間に年の瀬、ですね。
発表はしたものの、こちらで告知できていなかった曲がいくつかありますので、まとめて紹介したいと思います。

その①
アリス・Pさん (https://twitter.com/aris_in_PW) へ曲を提供いたしました。

さよなら三角


きっと・ノーリターン


の2曲です。
アインシュタインズを始めた当初、何曲かデモを作ったのですが、これら2曲は確か「拝啓ニーチェ」とか「タイタニック」と同じ時期に作った、と記憶しています。ただ諸々の事情でデモのまま眠っていたわけですが、何故かずっと頭の片隅にあったわけです。今回アレンジを加えてアリス・Pさんの歌が入り聴かれる形になりましたので、曲たちも本望かと思います。

その②
ミズイロノヒさん (https://twitter.com/mizuirono_hi) の「HIT ME!」という曲をリミックスいたしました。



歌詞中の「恋患い」というフレーズが印象的だったので、恋を患って煩って切なく儚い女の子をイメージしてリミックスしました。オリジナルのPVや、ミズイロノヒさんの他の曲も可愛くポップなので、是非聴いてみて下さい。

その③
and FRANNY名義でGhostlightさん (https://twitter.com/ghostlight_jp) 企画のクリスマスコンピに、3曲目の「共犯」という曲で参加いたしました。



時期は過ぎてしまいましたが、一応クリスマスを意識しつつ、クリスマスじゃない時にも聴ける内容を目指しました。
ボーカルはしめじさん (https://soundcloud.com/shimejiprince) にお願いいたしました。たまたまSoundCloudの音源を聴いて、いつかボーカルをお願いしてみたいと思っていたのですが、本当に素敵な声なのです。

以上、最近の活動色々でしたが、近々アインシュタインズからもお知らせが出来ると思います。

年末年始、耳のお供に少しでもなれば幸いです。


(アルベルト志村)
069. Dec_16 part 1
2016年12月22日
 今月は色々と出向くことや出来事があり、更にはこれからの予定もあるので――まるで今年の印象を終わり良ければすべて良し、と帳尻を合わせるかのように、あるいは一種の躁状態の発露のように――、記録がてら時系列に書いていこうと思う。
 また今月――というか今年までに制作した曲がいくつかあるので、これも後で別記事にまとめてお知らせしたい。

 12月3日。この日のぼくはパソコンを前に、にわかに緊張していた。11月下旬に発表された、欅坂46がクリスマスに行う初ワンマンライブのオフィシャルチケット先行申し込みに見事としか言いようがないほど落選した僕は、12月3日の一般発売のチケットに賭けていたのだった。一縷の望みを託しディスプレイを見つめていたわけである。チケット発売開始時刻の少し前から当該ページにアクセスしてみると、おなじみの”アクセスが集中してページを開けません。時間を置いて再度アクセスしてください”といった白地に文字だけの簡素な画面が続いて、やっぱり厳しいよな、ダメか…、と思った。およそ10分ぐらい更新――F5キーを押し続けると、何と公演詳細のページに進めたのである。しかし無常にも3公演全てチケットは完売していた、かに見えたのだが、ステージサイド席にまだ空席があることを示す○のマークが表示されているので、一気呵成に友人の分も含めチケットの申し込みをしたのである。ここからぼくは神か天か先祖か運か何か分からないが、とにかく超現実的、超常的な人の力はもう及ばない領域へただただ祈るのみとなった。申込み→祈る→チケットを用意できませんでした、の表示→残席の確認→申し込み、を繰り返した。何度目かのトライで、今まで見なかった表示のページが現れ注意深く観察すると、チケット代金の支払い詳細のページへ進むことが出来たのであった。震える指を深呼吸と落ち着けという己への呼びかけで押さえながら申し込みを完了させたぼくは、願いが眼前で成就されるあの得も言われぬ瞬間――しかも、勝ち取った、という充足感を伴って――、これまで極限まで撓められた緊張と不安、先行で落ちた悲しみ、一般もダメだった時の悲観的観測の反動を利用し最大値まで高められた安堵と歓喜の中にいたのである。思わず笑みがこぼれていた。最近デレステのガシャをひいても普通のレアしか出てなかったから、運の貯金――貯運とでもいうべきか――が出来ていたのだ、などと考えていた始末である。(ちなみ今更ながら補足的に説明しておくと、3月に放送された「デビューカウントダウンライブ」をたまたま見て以来、ぼくは欅坂46にどっぷりとはまっている。)

 12月7日。「乃木坂46 Merry Xmas Show 2016 ~アンダー単独公演~」を見に武道館へ友人と行ってきた(またアイドル、しかも坂道シリーズの話!)。一人だと心細いから一緒に行くのなら、と友人はチケットの申し込みをしたわけだが、何と奇跡的に――これは大袈裟でも比喩でも何でもない思う――チケットが取れたのだ(ちなみにライブは12月6日の選抜単独公演から始まり、選抜とアンダー交互にライブをやった後、新たに加入した3期生がお見立て会というライブを行い、武道館で5日連続公演をした)。乃木坂のチケットの当落は、上に記した欅坂のオフィシャル先行申し込みよりも前に発表されていたため、Xmas Showのチケットが取れた時点でまさか欅坂のライブにも行けるとは思っていなかったのだが…。後に友人に聞いた所、他の日の選抜・アンダー公演のチケットも申し込みをしてみたが、案の定取れなかったとのこと。
 武道館へ向かう地下鉄車内で、ぼくの隣に座った男二人組が「川後が…」と話しているのが聞こえてきたので、彼らも乃木坂のライブを見に行くことが窺い知れ、徐々に気分が高まった。誰かを待っている風な人が散見される九段下駅で友人と落ち合うと、この日の乃木坂のライブに行ける喜び、そして欅坂のチケットが取れた喜びを開口一番話した。武道館の外も中も人で一杯である。それぞれがペンライトを持ち、推しメンのタオルを首に下げている人も多く見られた。
 さてライブだが、端的に言うと超楽しかった。これに尽きる。特に企画として行われた「全員センター」はとても良かった。てっきりこの日で16人全員披露するのかと思ったら、翌々日のアンダー公演2日目と分割だったようで、ぼくが乃木坂で一番好きな絢音ちゃんのセンターを生で見れなかったのが心残りと言えば心残りではあるが…。ライブ中、興味深く感じたのは、曲中や曲の終わりにそれぞれのファンが両手にペンライトを持っているが故に拍手が起きない点である。こういうアイドルのライブは初めてだったので、文化の違いを感じた。拍手をするとかえって浮いてしまうので、したくても出来ないもどかしさ。あっという間の2時間半だったが、ライブの最後、アンダーセンターである寺田蘭世のMCには感動した。
 武道館から帰る際、道端でチラシを配っている女の子がいた。どうやらアイドルをやっている子らしい。後で知ったことだが、彼女が所属するグループで乃木坂3期生に入った子と欅坂の鈴本がかつて活動していたらしい。色々とつながっているのだなと感じた。友人と夕飯を食べつつ乃木坂・欅坂談義に花を咲かせたが、俄然欅坂のライブが楽しみになったのは言うまでもない。

 12月11日。ぐるぐるTOIROというライブ――というかフェスというかイベント?を見にさいたま新都心へ。主な目的はフリースタイルダンジョンに出ているラッパー3人――R-指定(Creepy Nuts)、DOTAMA、サイプレス上野(みな敬称略)だが、他にも少し気になるバンドが出るので友人を誘い行ってきた。去年も見に行きたかったのだが行けず、今年初めてとなる。話はだいぶ前後するが、このライブに友人を誘った時点では、まだ欅坂はワンマンライブを発表していなかったし乃木坂のチケットに関する話もしていなかった――と思う――ので、12月のライブ予定はこれのみだった。電車で向かう途中、車窓からSSA付近に行列ができているのが見え、お、こんなに人来てるの?!と思ったが勘違いであった。改札を出て友人と合流しSSAの前を少し回ってみたところ、夕方から浜田省吾のライブがあるらしいことが分かり、ぼくが見たのは恐らくその物販に並ぶ列だったと思われる。目的のTOIROに着くと、その文化祭感・規模感に内心驚きを感じたのは否めない。開場時間の割とすぐに後に着いたせいか人もぱらぱらとしかいなかった――その様子に興行的に上手くいくのか、余計なお世話だが心配になったりもした。とりあえず出直そうということになり、しばらく周辺施設を見てうろついた後、TOIROに戻った。ライブ自体はかなり盛り上がり、間近で見ることも出来て大変満足であった。DOTAMAのライブ後、物販にFragmentのお二人の姿が見えたので、術の穴のコンピレーションに参加して以来、挨拶をする機会がなかったため、今しかないと思い挨拶をさせて頂いた。
 6、7時間立ちっぱなしで大きい音を浴び続け更に各アーティスト全力のライブをそれこそぶつけられるように見たため疲労困憊だった。明日は耳鳴りでまともに曲作れないかもな、と思った。集客の面では若干の寂しさを覚えたが、刺激的なイベントだったので今後も続けていって欲しいものである。


(アルベルト志村)
068. 動く展のお知らせ
2016年12月08日
気が付いたら前回の更新からまた間が空いてしまいました。すっかり冬ですね。

さて現在、群馬県前橋市にあるギャラリー・アートスープさんで開催されております企画展「動く展」にて、アインシュタインズの「催眠術」のアニメーションMVが上映されます。12月10日にはシネマまえばしさんにて上映会も行われるそうなので、是非この機会にご覧ください。いつも大変お世話になっている絵空摩耶さん——この企画展の主催者でもあります——制作のMVは、とても可愛いのです。

詳細は下記リンクをご参照ください。
よろしくお願いいたします。

https://ugokuten.com/


(アインシュタインズ)
067. and FRANNY - エアーコンディショナー (feat. tamao)
2016年10月20日
and FRANNY名義での3曲となります「エアーコンディショナー」をアップいたしました。



ボーカルはtamaoさん https://twitter.com/TamaoNinomiya にお願いいたしました。

歌詞は夏をイメージしておりますが、多分、これからの季節にも対応可、なのではないかと思ったり思わなかったりです。
寒い部屋の中で聴いて頂ければ幸いです。



(アルベルト志村)
066. and FRANNY - やさしいてんちそうぞう (feat. unmo)
2016年08月26日
and FRANNY名義での2曲目「やさしいてんちそうぞう」をSoundCloudにアップしました。


 
ボーカルはunmoさんにお願いいたしました。unmoさんは歌声もオリジナル曲もとても素敵なので、是非こちらもチェックしてみて下さい。 https://soundcloud.com/unmo


(アルベルト志村)
065. 楽曲提供のお知らせ
2016年08月12日
瀬都あくさんのユニット、アシモフが手品師の発音源「たねとしかけ」に収録されている「空洞戦争の夜」という曲の作編曲をいたしました。
是非チェックしてみて下さい。


(アルベルト志村)
064. ハッピーくるくる - 夏の日のラビリンス (einsteins remix)
2016年07月31日
ハッピーくるくるさんの「夏の日のラビリンス」をリミックスしました。
梅雨も明け気温も上がり季節もちょうど夏本番、といった感じですので、合わせて聴いて頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。




(アインシュタインズ)
063. and FRANNY はじめました。
2016年07月02日
 気が付いたらブログの更新が3ヶ月も滞っていた。とりあえず月1での更新を目指してはいたが(あの灰色の表示に”もう終わってしまっている”感を覚えてとにかく気分が沈むので、なるべく出したくはなかった)、この体たらくである。しかも久々の更新が僕の個人的なお知らせなのも非常に申し訳ない。が、とりあえず我慢/許して欲しい。

 ということでこの度、志村の個人名義「and FRANNY
@and_FRANNY」というものを作った。名義はサリンジャーの『フラニーとゾーイ』(野崎孝訳に敬意をこめて)からとった。



 1曲目である「ぼくの歌にならない秘密たち」という曲は、瀬都あくさん
@setoooaku
にボーカルをお願いした。
 作る曲について基本的にはアインシュタインズとの区別は全く考えておらず、ただ何となく振り分けているだけなので、時間がある時、手慰みにでも聴いて頂きたいと思う。
次作につながるヒントが隠れているかもしれないしないかもしれない。あるいは、僕の無意識な振り分けがある法則や傾向をもっていて、そこからアインシュタインズをアインシュタインズたらしめている要素が浮かび上がってくる…かもしれない。

 宣伝だけで終わってしまうのも気が引けるので、アインシュタインズの近況報告をば。
 アインシュタインズの制作は実は年中途切れることなくやっていて、牛歩ながら着実に進んでいる。のんびり待って頂きたい。


(アルベルト志村)
062. well-known blueberry (einsteins ver)
2016年04月01日
 エイプリルフールということで、かねてより温めていた企画――温め過ぎて旬が過ぎた感もありますが――をば。
 以前勝手に作ったTUTU HELVETICA「well-known blueberry」のインストを更にバージョンアップさせてボーカルも追加しカバー(コピー)を制作いたしました。
 制作にあたり、改めて執拗に原曲――とは言ってもネットにアップされているあの何とも言えない音質のものです――を聴き直しましたが、その度に新たな発見があって、もう真部・やくしまる両氏による”TUTU HELVETICA”という名義での音源発表の可能性がゼロに等しいことを思うと、とにかく残念です。そんな気持ちはアインシュタインズを始めた当時の動機のうち、決して少なくない部分を占めていましたが(もちろん勝手にインストを作ったのもこの気持ち故です)、ウン年越しとなったものの、いい感じに昇華されたのではないかと思います。
 同時に今回のカバー音源のインストも公開して、ダウンロード出来るようにしました。是非歌ってみて下さい。そして聴かせてください。
 この”遊び”をエイプリルフールという絶好の機会に、各々の想像の中で永遠に理想化された――もはや郷愁とさえ言える存在になった彼らの音楽を、部分的にも、ほんの少しだけでも、皆様と共有して楽しめたらなと思った次第です。

カバー
soundcloud



インスト
soundcloud



インスト・ダウンロードは firestorage.jp からも出来ます。


(アインシュタインズ)
061. 辺境より '16 卒業
2016年03月18日
 服の趣味が緩やかに変わってきているようだ。断捨離というわけではないが、もう全く着なくなったもの、あるいはこれはいつか着そうだなと見る度に思いながら結局着ないような服を一気に処分した。全く問題なく着れるのだけれど今現在の趣味・気分に合わないものはネットオークションに出してみた。落札されないと何となく後ろ髪を引かれたような気になり、やはり残しておくべきか、もう出品は止めようかなとも思ったが、心を鬼にしてしつこく出品を繰り返すと、慣用的な意味でもなんでもなく文字通り捨てる神あれば拾う神ありで、案外売れるものである。もちろん安価ではあるが。他のオークションでは売れそうにもない服はB○OK OFFに売りに行こうとまとめて置いておいた。すると何となく気分が落ち着かない。これまで僕を裸体を晒す羞恥や寒暖、紫外線等々から守ってくれた服を、早く売ってこの部屋からその存在を消してしまってスッキリしたいと思うのだから何とも現金で酷い話だ。
 僕はものを捨てるのが本当に苦手で、これは結構気持ち悪いと自分でも思うのだが、学生の頃に友達からもらった旅行土産が入った包装紙——何の変哲もない普通の紙である——をずっと取って置いていたりする吝嗇な人間である。というのも、すべてのものに人の手がかかっていると考え、人の手を通過したものには少なからずその人の意思が内在しているような気がしてしまい、無下に扱うことが出来ず捨てられないのだ。無機物に対する己の心の投影なのだろうが、どうしてもものに心を見てしまう。今回断行した服の一斉処分は、自分が実際に着用していたものなので、貰ったものとは意識の仕方が違うため単純な比較は出来ないが、ものを処分することは気分転換にもなるし意外といいものだと思った。ミニマリストに憧れを抱いたことは微塵もない。しかし僕の部屋にあるCDやレコード、本やマンガを一気に全部売り払ってしまうと、僕の気分はどうなるのだろう、とか、現実的に一体いくらになるのだろうと考えることは、実は結構ある。今の所それを行うだけの労力も人生における転機のようなものも必要性も感じていないので妄想止まりだが、本当は捨てて一度まっさらな身となって、新たなスタートを切ってみたいという欲求があるのかもしれない。
 3月のある日、僕は割と大きめな袋2つ分になった不要な服を売るべく、左右それぞれの手で持ちながら街へ繰り出した。快晴の天気で日差しは暖かく、にわかに冬はもう終わったのだと感じた。無事に服の買い取りを済ませると、出来たお金で待ち時間に見つけた古本を買った。部屋にあった服は新たに本に練金され、結局また部屋の空間を埋めるのである。そしてB○OK OFF内で回転する閉じたお金の流れに若干の虚しさを覚えつつ店を後にした。

 街をふらふら歩くと、若者が多いように思えた。なるほど、もう学校は卒業を終えた時期である。
 僕の印象に残っている卒業式は高校生の時のものだ。熱心に勉強に打ち込むわけでもなく、課外活動や部活に精を出すわけでもなくそれなりに過ごして、別段高校に思い入れがあったつもりはないのだが、式が始まってから間もなく、僕はギャン泣きしていた。自分でもどうしてこんなに泣いているのかよく分からないくらいだった。これ以来、僕は確実に涙もろくなった。涙腺のたがが外れた感じである。僕は挨拶を読む役割があったので、式が進むにつれ次第に落ち着いていったが、閉会後、隣にいた女子から「志村がずっと泣いてるからわたし全然泣けなかったんだけど」と言われる始末であった。卒業生の歌では「仰げば尊し」等のオールドスクールな曲ではなく現代のJ-POP、しかも僕のあまり好きではない曲を唄わなくてはならなかったため、ピアノの伴奏を買って出ていた。唄いたくない、というのも動機のひとつであるが、もう一方で最後にピアノを弾けるアピールをかまして一目置かれたい(心の声はあわよくばモテたい)という下心があった。僕にも思春期らしい衝動があったわけだ。確か在校生の送る歌——何の曲だったかは忘れた——の後すぐに卒業生が唄ったはずである。指揮をする女子の大仰で奇妙な動きを見つつ弾き始めたとき、鍵盤がやたらぬるぬるしていて滑りそうになったのを強烈に記憶しているからだ。伴奏をしていた後輩の子は緊張していたんだろうなぁとそのとき思った。つつがなく演奏を終え、無事に卒業式も終了し、謝恩会まで友人らと話したりして時間的な余裕はだいぶあったように思うが、同級生からも下級生からも伴奏についての反応は何一つなかった。まぁこんなもんだよな…と思いながらその後、ロッテリアだかマクドナルドだかで夜遅くまで最後の制服姿で男友達とくだらない話をしていた。何とも青春ではないか。

 そんなことを思い出しつつ帰りの電車に乗った。席が空いたので座ると、隣にはお母さんと抱きかかえられた赤ちゃんが座っていた。ちょうど僕の方に顔を向けて赤ちゃんが寝ていたのだが、赤ちゃんを見ると僕は今までに感じたことのない愛おしさを覚えて驚いた。勝手に将来きっといい顔の子になるんだろうな、と思わずにはいられないくらい可愛らしい顔をしていたので、単に造形的な感動だったのかもしれないが、ありふれた日の電車の中で、全く知らない赤の他人の子どもをここまで可愛いと思うとは予想だにしなかった。正直に言うと、これまで赤ちゃんを可愛いという感覚がいまいち掴めていなかったのだが、もしかするとこういうことなのかもしれない、と思ったほどだ。春らしい出来事だと感じた。


(アルベルト志村)