068. 動く展のお知らせ
2016年12月08日
気が付いたら前回の更新からまた間が空いてしまいました。すっかり冬ですね。

さて現在、群馬県前橋市にあるギャラリー・アートスープさんで開催されております企画展「動く展」にて、アインシュタインズの「催眠術」のアニメーションMVが上映されます。12月10日にはシネマまえばしさんにて上映会も行われるそうなので、是非この機会にご覧ください。いつも大変お世話になっている絵空摩耶さん——この企画展の主催者でもあります——制作のMVは、とても可愛いのです。

詳細は下記リンクをご参照ください。
よろしくお願いいたします。

https://ugokuten.com/


(アインシュタインズ)
067. and FRANNY - エアーコンディショナー (feat. tamao)
2016年10月20日
and FRANNY名義での3曲となります「エアーコンディショナー」をアップいたしました。



ボーカルはtamaoさん https://twitter.com/TamaoNinomiya にお願いいたしました。

歌詞は夏をイメージしておりますが、多分、これからの季節にも対応可、なのではないかと思ったり思わなかったりです。
寒い部屋の中で聴いて頂ければ幸いです。



(アルベルト志村)
066. and FRANNY - やさしいてんちそうぞう (feat. unmo)
2016年08月26日
and FRANNY名義での2曲目「やさしいてんちそうぞう」をSoundCloudにアップしました。


 
ボーカルはunmoさんにお願いいたしました。unmoさんは歌声もオリジナル曲もとても素敵なので、是非こちらもチェックしてみて下さい。 https://soundcloud.com/unmo


(アルベルト志村)
065. 楽曲提供のお知らせ
2016年08月12日
瀬都あくさんのユニット、アシモフが手品師の発音源「たねとしかけ」に収録されている「空洞戦争の夜」という曲の作編曲をいたしました。
是非チェックしてみて下さい。


(アルベルト志村)
064. ハッピーくるくる - 夏の日のラビリンス (einsteins remix)
2016年07月31日
ハッピーくるくるさんの「夏の日のラビリンス」をリミックスしました。
梅雨も明け気温も上がり季節もちょうど夏本番、といった感じですので、合わせて聴いて頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。




(アインシュタインズ)
063. and FRANNY はじめました。
2016年07月02日
 気が付いたらブログの更新が3ヶ月も滞っていた。とりあえず月1での更新を目指してはいたが(あの灰色の表示に”もう終わってしまっている”感を覚えてとにかく気分が沈むので、なるべく出したくはなかった)、この体たらくである。しかも久々の更新が僕の個人的なお知らせなのも非常に申し訳ない。が、とりあえず我慢/許して欲しい。

 ということでこの度、志村の個人名義「and FRANNY
@and_FRANNY」というものを作った。名義はサリンジャーの『フラニーとゾーイ』(野崎孝訳に敬意をこめて)からとった。



 1曲目である「ぼくの歌にならない秘密たち」という曲は、瀬都あくさん
@setoooaku
にボーカルをお願いした。
 作る曲について基本的にはアインシュタインズとの区別は全く考えておらず、ただ何となく振り分けているだけなので、時間がある時、手慰みにでも聴いて頂きたいと思う。
次作につながるヒントが隠れているかもしれないしないかもしれない。あるいは、僕の無意識な振り分けがある法則や傾向をもっていて、そこからアインシュタインズをアインシュタインズたらしめている要素が浮かび上がってくる…かもしれない。

 宣伝だけで終わってしまうのも気が引けるので、アインシュタインズの近況報告をば。
 アインシュタインズの制作は実は年中途切れることなくやっていて、牛歩ながら着実に進んでいる。のんびり待って頂きたい。


(アルベルト志村)
062. well-known blueberry (einsteins ver)
2016年04月01日
 エイプリルフールということで、かねてより温めていた企画――温め過ぎて旬が過ぎた感もありますが――をば。
 以前勝手に作ったTUTU HELVETICA「well-known blueberry」のインストを更にバージョンアップさせてボーカルも追加しカバー(コピー)を制作いたしました。
 制作にあたり、改めて執拗に原曲――とは言ってもネットにアップされているあの何とも言えない音質のものです――を聴き直しましたが、その度に新たな発見があって、もう真部・やくしまる両氏による”TUTU HELVETICA”という名義での音源発表の可能性がゼロに等しいことを思うと、とにかく残念です。そんな気持ちはアインシュタインズを始めた当時の動機のうち、決して少なくない部分を占めていましたが(もちろん勝手にインストを作ったのもこの気持ち故です)、ウン年越しとなったものの、いい感じに昇華されたのではないかと思います。
 同時に今回のカバー音源のインストも公開して、ダウンロード出来るようにしました。是非歌ってみて下さい。そして聴かせてください。
 この”遊び”をエイプリルフールという絶好の機会に、各々の想像の中で永遠に理想化された――もはや郷愁とさえ言える存在になった彼らの音楽を、部分的にも、ほんの少しだけでも、皆様と共有して楽しめたらなと思った次第です。

カバー
soundcloud



インスト
soundcloud



インスト・ダウンロードは firestorage.jp からも出来ます。


(アインシュタインズ)
061. 辺境より '16 卒業
2016年03月18日
 服の趣味が緩やかに変わってきているようだ。断捨離というわけではないが、もう全く着なくなったもの、あるいはこれはいつか着そうだなと見る度に思いながら結局着ないような服を一気に処分した。全く問題なく着れるのだけれど今現在の趣味・気分に合わないものはネットオークションに出してみた。落札されないと何となく後ろ髪を引かれたような気になり、やはり残しておくべきか、もう出品は止めようかなとも思ったが、心を鬼にしてしつこく出品を繰り返すと、慣用的な意味でもなんでもなく文字通り捨てる神あれば拾う神ありで、案外売れるものである。もちろん安価ではあるが。他のオークションでは売れそうにもない服はB○OK OFFに売りに行こうとまとめて置いておいた。すると何となく気分が落ち着かない。これまで僕を裸体を晒す羞恥や寒暖、紫外線等々から守ってくれた服を、早く売ってこの部屋からその存在を消してしまってスッキリしたいと思うのだから何とも現金で酷い話だ。
 僕はものを捨てるのが本当に苦手で、これは結構気持ち悪いと自分でも思うのだが、学生の頃に友達からもらった旅行土産が入った包装紙——何の変哲もない普通の紙である——をずっと取って置いていたりする吝嗇な人間である。というのも、すべてのものに人の手がかかっていると考え、人の手を通過したものには少なからずその人の意思が内在しているような気がしてしまい、無下に扱うことが出来ず捨てられないのだ。無機物に対する己の心の投影なのだろうが、どうしてもものに心を見てしまう。今回断行した服の一斉処分は、自分が実際に着用していたものなので、貰ったものとは意識の仕方が違うため単純な比較は出来ないが、ものを処分することは気分転換にもなるし意外といいものだと思った。ミニマリストに憧れを抱いたことは微塵もない。しかし僕の部屋にあるCDやレコード、本やマンガを一気に全部売り払ってしまうと、僕の気分はどうなるのだろう、とか、現実的に一体いくらになるのだろうと考えることは、実は結構ある。今の所それを行うだけの労力も人生における転機のようなものも必要性も感じていないので妄想止まりだが、本当は捨てて一度まっさらな身となって、新たなスタートを切ってみたいという欲求があるのかもしれない。
 3月のある日、僕は割と大きめな袋2つ分になった不要な服を売るべく、左右それぞれの手で持ちながら街へ繰り出した。快晴の天気で日差しは暖かく、にわかに冬はもう終わったのだと感じた。無事に服の買い取りを済ませると、出来たお金で待ち時間に見つけた古本を買った。部屋にあった服は新たに本に練金され、結局また部屋の空間を埋めるのである。そしてB○OK OFF内で回転する閉じたお金の流れに若干の虚しさを覚えつつ店を後にした。

 街をふらふら歩くと、若者が多いように思えた。なるほど、もう学校は卒業を終えた時期である。
 僕の印象に残っている卒業式は高校生の時のものだ。熱心に勉強に打ち込むわけでもなく、課外活動や部活に精を出すわけでもなくそれなりに過ごして、別段高校に思い入れがあったつもりはないのだが、式が始まってから間もなく、僕はギャン泣きしていた。自分でもどうしてこんなに泣いているのかよく分からないくらいだった。これ以来、僕は確実に涙もろくなった。涙腺のたがが外れた感じである。僕は挨拶を読む役割があったので、式が進むにつれ次第に落ち着いていったが、閉会後、隣にいた女子から「志村がずっと泣いてるからわたし全然泣けなかったんだけど」と言われる始末であった。卒業生の歌では「仰げば尊し」等のオールドスクールな曲ではなく現代のJ-POP、しかも僕のあまり好きではない曲を唄わなくてはならなかったため、ピアノの伴奏を買って出ていた。唄いたくない、というのも動機のひとつであるが、もう一方で最後にピアノを弾けるアピールをかまして一目置かれたい(心の声はあわよくばモテたい)という下心があった。僕にも思春期らしい衝動があったわけだ。確か在校生の送る歌——何の曲だったかは忘れた——の後すぐに卒業生が唄ったはずである。指揮をする女子の大仰で奇妙な動きを見つつ弾き始めたとき、鍵盤がやたらぬるぬるしていて滑りそうになったのを強烈に記憶しているからだ。伴奏をしていた後輩の子は緊張していたんだろうなぁとそのとき思った。つつがなく演奏を終え、無事に卒業式も終了し、謝恩会まで友人らと話したりして時間的な余裕はだいぶあったように思うが、同級生からも下級生からも伴奏についての反応は何一つなかった。まぁこんなもんだよな…と思いながらその後、ロッテリアだかマクドナルドだかで夜遅くまで最後の制服姿で男友達とくだらない話をしていた。何とも青春ではないか。

 そんなことを思い出しつつ帰りの電車に乗った。席が空いたので座ると、隣にはお母さんと抱きかかえられた赤ちゃんが座っていた。ちょうど僕の方に顔を向けて赤ちゃんが寝ていたのだが、赤ちゃんを見ると僕は今までに感じたことのない愛おしさを覚えて驚いた。勝手に将来きっといい顔の子になるんだろうな、と思わずにはいられないくらい可愛らしい顔をしていたので、単に造形的な感動だったのかもしれないが、ありふれた日の電車の中で、全く知らない赤の他人の子どもをここまで可愛いと思うとは予想だにしなかった。正直に言うと、これまで赤ちゃんを可愛いという感覚がいまいち掴めていなかったのだが、もしかするとこういうことなのかもしれない、と思ったほどだ。春らしい出来事だと感じた。


(アルベルト志村)
060. 縁
2016年02月24日
 電車で同じ車両にたまたま居合わせた人は、前世でも同じ空間――江戸へ続く街道のとある茶屋とか、あるいはアフリカあたりで何かの祝祭が開かれた広場――にいたことがあったかもしれない。ある人と関係が深くなれば、昔も友達だったのかも、とか昔は恋人だったのかも。疎遠になってしまえば、実は昔もそこまで固く結ばれた関係ではなかったのだろう、とか昔もこうやって自然に離れていったのかな、という具合に考えることがままある。
 僕が特に好きなことわざで(座右の銘とか好きな名言はぱっと浮かばないが、ことわざだけはこれと決まっている)、「袖振り合うも多生の縁」というのがある。僕には前世の記憶がないので、前世の存在を論理的、物理的な観点から見て肯定しているわけではないが、全く否定はしていないし、あっても不思議ではないと考えているし、思想としてその存在に妙に納得もしている。
 そもそも何でもないような人との出会い――たまたま行ったライブで隣になった人と軽い挨拶をしたなんていうレベル――それ自体も世界に何億といる人の数を考えると、物凄い確率だと思うのだが、自分にとって良い、あるいは悪い等、印象に残っているものだけをピックアップして「これは縁だ」と主張するのは都合がよすぎる気もする。自分の誕生日の数字がやたら目に入ってしまうように、意識の偏りから、目立ったものだけを取り上げ勝ちになる。その反面、そんな途方もない確率の中から出会って(遭遇して)更に印象に残ったり何かが通じ合う人と知り合うことは、もっと確率は低いはずで、確かに縁とも言えるかもしれないな、とも思うのだ。
 かつて知り合った人に「縁って不思議だけど、やっぱりあるものだよ」と言われた。確かにその人との知り合い方は不思議だった。意外な人と人のつながりを知ったこともあった。あらゆる出会い――人でも物でも出来事でも何でも――に於いて、自分の力がとても及ばないところから、何らかの力が働いているような気がする時はある。
 縁とは一体、何なのであろうか。

 去年の今頃だったと思うが、とある展示に誘われた。僕も行きたいと思っていた展示だったのでオッケーの返事をした。調べてみるとその会期中、あるワークショップを開くというので興味を持った僕は、せっかくの機会だし参加してみようという旨も伝えた。抽選で外れるのを覚悟で応募してみると、あっさりと当選した。僕が想像していた以上に応募者は少なかったのかもしれない。
 当日、待ち合わせに遅れるという連絡があったので、展示がある博物館の最寄り駅でぼんやりとしていた。辺りにはコンビニとスーパーしかなかったので、ずっと駅舎の中から窓越しに風に揺れる木を眺めていた。
 ワークショップでは各々があるテーマ(大まかに言うと自分が好きなものとか影響を受けたもの)に基づいた資料を持ち寄るように言われていた。参加者は20人ほどだったろうか。大学のゼミや少人数の外国語の授業で使うような部屋で、共通の目的を持つ見ず知らずの人たちと数時間一緒に過ごすのだ。参加した人たちの趣味という個人的な――内面に根差した嗜好、そのほんの僅かな一部分に触れて、何となくその人となりを想像する。それぞれの趣味の中に、僕が好きなものや興味のあるものと共通する部分を見出して、具体的な想像の材料とするわけだ。そこから話し方や服装の傾向なんかも見てみる。ある意味でそこは自意識の発露の場だった。自分を基点としたアナロジー、すると少し“他人”ではなくなったような気になる。奇妙なつながりを発火点にして、異様な熱気が時間の経過とともに部屋に充溢していくのを感じた。そして同時に、僕がその熱気に上手く乗っかれずにいるのも。
 ワークショップが終わり、僕たちは部屋を出た。その部屋から出てしまえば参加していた人たちとはまた“他人”に戻る。厳密に言うとワークショップ中も他人だったのだが、そんなものは存在しないのにまるでスイッチが切り替わったかのように戻る。そう見えた。
 帰りの駅のホームで参加者のペアをたまたま見かけた。向こうがこちらに気付いたかどうかは分からない。何か声をかけていれば繋がりができたかもしれないし、何もしなければこのままもう一生会うことはないだろう。それは人生を変える出会いだったかもしれないし、全く影響しない出会いだったかもしれない――その時ふとそんなことを思った。よくあることだし本当に些細なことだが、人生の分岐点のようなものを感じて、悲しみなのか寂しさなのか分からない何かで心がぎゅっとなった。何かが交差した瞬間、地点に立っていた。
 何万何億と繰り返される小さな大きな出会いと別れの積み重ねに果たして耐えられるのか。そんなこといちいち気にして意識したらきりがないし、気にする人もいないと思うが、自分はどうなのかと考えた。これはまさに縁だ、と思うような出会いや遭遇したチャンスがこれまであった。しかし、その僥倖に甘え、努力を怠り、他人に任せて、かすかなつながりの萌芽を見せたそれらを見事に自分からぶった切ってしまった、という自覚、悔恨があるのも事実だ。人間関係に於ける問題ひいては性格を正当化して、弱さをごまかすために僕は“縁”という言葉を使っているのではないか?「縁がなかった」という割り切り方はどこか自分の責任を遠ざけている印象がある。それは人知を超えた力がそうさせたのだから仕方がなかったのだ、という言い訳ではないか?――煮え切らない感情の狭間で僕はしばし揺れて、「……まぁ出来る限りやってみてダメだったら、そうしたら縁がなかったってことだ」なんて嘯くのだ。
 
 ちなみにワークショップで作ったものは、封筒に入れて持ち帰ったまま開くことはおろか触ることすらしていない。あの時の熱気がそのまま凝縮してコンパイルされているような気がして、カーテンを閉め切った冷たい部屋の中にあっては、その温度差にとても耐えられる気がしなかったからだ。今ではその存在は部屋の中でも僕の中でも希薄になっているが、やはり開ける気にはならない。


 何故1年も前のことを今更書くのかというと、ワークショップの参加者に、アインシュタインズのツイッターアカウントをフォローしている方がいたためである。恐らく忘れてはいなくとも細かい所の記憶はもう朧であろうと勘定した(そして恐らくこのテキストを見ないであろうことも)。当時タイムラインを眺めていてツイートを見た時は驚き、世間は狭い、と思った。


(アルベルト志村)
059. 辺境より '16 厄除け
2016年01月06日
 2015年の大晦日は格闘技を見て過ごした。地上波ではウン年振り(詳しい年数は失念した)の放送だそうで、格闘技ブームが列島を席巻していた頃の、年が変わる瞬間のわくわく感が試合や選手、観客の熱気と相まっていかにも大晦日らしく盛り上がるあの当時のお祭り感を少し思い出した。とは言っても、僕はもともと根っからの格闘技ファンではなく、PRIDE消滅とともにK-1も見なくなったしプロレスやUFCに興味が向くといったこともなかったのだが、ブームが下火になってしまって以降、民放各局が何を大晦日に放送していたか?と問われると答えに窮するのは確かだ。それほど当時の格闘技はインパクトがあって面白くて熱かった。
 久々に復活した年末の総合格闘技は、もちろん各々さまざまな感慨や感想があると思うが、僕は時代の流れを痛感させる哀しさが先行してしまって、手放しに楽しめたかというと必ずしもそうではなかった。歳を重ねる毎に、大晦日とかカウントダウンとか年越しなどそういったことに関心が無くなりつつあるというか冷めていくというか――特別騒ぐようなタイプでもなかったのだが、そんな状態なので、今後かつてのように楽しめるのかどうかは分からないというのが正直なところだ。もちろん、また恒例の行事になってくれるのならば嬉しい。
 2015年、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは現役引退し、エメリヤーエンコ・ヒョードルは復帰した。

 2016年になった。
 元日のあくる日、買い物の代金を支払うべくコンビニへ出かけると、駐車場の隅にチューハイのロング缶を足元に置いてうずくまっているおじさん(カーキのモッズコートを着ていて坊主頭)を見かけて、急に正月を感じた。あけましておめでとう、と挨拶された時よりも強烈に。何故だか理由は分からない。おじさんの事情も分からない。青すぎる冬のうららかな日。にっぽんの正月であった。

 年明けから数日が経ち、ぼちぼち人出も落ち着いた頃だろう~と高をくくって初詣へ出かけた。定期的に神社へは散歩がてら参拝をするが、いつの間にか初詣をしないとなんとなく気分が落ち着かない体(精神?)になってしまった。これが信仰というものであろうか。
 三が日を過ぎたと言ってもまだ松の内である。参道の両側には出店が軒を連ねていた。いつの間にか聞き慣れない食べ物――いわゆるB級グルメというやつ――を売るお店が増えた。カップルや家族連れ、友人や同僚らと連れ立って拝殿へ向かう参拝客はまだまだ沢山いた。入れ替わるように破魔矢を抱えた人たちが向かいからやってくる。けだるそうに店番をする髪を明るく染めた若い女性や、威勢のいい若い男性が鉄板でイカやら麺やらを焼きながら声をあげていた。お好み焼きやケバブ、から揚げ、じゃがバタを買い、簡易のテントが張られた飲食スペースでお酒を飲む大人たち。子供たちはおもちゃを売る出店の前に集まっている。カレンダーを売る出店では、風景などの当たり障りのないものと一緒に、何故か女性のヌードのカレンダーが堂々と売られていて、毎年それを確認しては平和を噛み締めていたのだが、今年ざっと見た限り、水着のモデルのものに抑えられていた。あるいはもう売れてしまったのかもしれない。辺りは油とソースと甘酒の匂いが漂っていて、抽象的で象徴的で牧歌的な記憶を刺激してきそうだ。そんな中、男一人でふらふらとやってきた僕は酔狂のように感じた。イヤフォンから流れる小沢健二の「LIFE」が沁みる。
 粛々と参拝を終えると、おみくじを買った。開いてみると「向吉」という見覚えのない字面が出て戸惑うも、吉に向かうということで、まぁまぁな運勢らしい。引き続き悩みごとは尽きないが、まぁいい感じになる、欲深にはなるな、ものをおしむとよくない、というようなことが書いてあった。そうか、結局今年も悩み続けるのか。

 コンビニで代金を支払ってから数日後、商品の在庫がないとか先に購入した人がいたとかどうとかで返金する、という連絡がって、年明け早々げんなりしたのだが、何となく己の欲を試されたような気分になった。


2016.01.11 付記

 新年ということで、ささやかながら、ほんのちょっとしたおまけ、です。
 copipe recordsのショップでお買い物(どんな商品でも構いません)をして頂いた方に、「志村選・2015年邦楽ベスト」的MIX CDをおまけとして付けます。我々の作品と合わせて楽しんで頂ければ幸いです。どうぞこの機会に。
 気が向く限り付けますが、突然終了することもありますので予めご了承ください。

http://copipe.theshop.jp/


(アルベルト志村)