062. well-known blueberry (einsteins ver)
2016年04月01日
 エイプリルフールということで、かねてより温めていた企画――温め過ぎて旬が過ぎた感もありますが――をば。
 以前勝手に作ったTUTU HELVETICA「well-known blueberry」のインストを更にバージョンアップさせてボーカルも追加しカバー(コピー)を制作いたしました。
 制作にあたり、改めて執拗に原曲――とは言ってもネットにアップされているあの何とも言えない音質のものです――を聴き直しましたが、その度に新たな発見があって、もう真部・やくしまる両氏による”TUTU HELVETICA”という名義での音源発表の可能性がゼロに等しいことを思うと、とにかく残念です。そんな気持ちはアインシュタインズを始めた当時の動機のうち、決して少なくない部分を占めていましたが(もちろん勝手にインストを作ったのもこの気持ち故です)、ウン年越しとなったものの、いい感じに昇華されたのではないかと思います。
 同時に今回のカバー音源のインストも公開して、ダウンロード出来るようにしました。是非歌ってみて下さい。そして聴かせてください。
 この”遊び”をエイプリルフールという絶好の機会に、各々の想像の中で永遠に理想化された――もはや郷愁とさえ言える存在になった彼らの音楽を、部分的にも、ほんの少しだけでも、皆様と共有して楽しめたらなと思った次第です。

カバー
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インスト
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インスト・ダウンロードは firestorage.jp からも出来ます。


(アインシュタインズ)
061. 辺境より '16 卒業
2016年03月18日
 服の趣味が緩やかに変わってきているようだ。断捨離というわけではないが、もう全く着なくなったもの、あるいはこれはいつか着そうだなと見る度に思いながら結局着ないような服を一気に処分した。全く問題なく着れるのだけれど今現在の趣味・気分に合わないものはネットオークションに出してみた。落札されないと何となく後ろ髪を引かれたような気になり、やはり残しておくべきか、もう出品は止めようかなとも思ったが、心を鬼にしてしつこく出品を繰り返すと、慣用的な意味でもなんでもなく文字通り捨てる神あれば拾う神ありで、案外売れるものである。もちろん安価ではあるが。他のオークションでは売れそうにもない服はB○OK OFFに売りに行こうとまとめて置いておいた。すると何となく気分が落ち着かない。これまで僕を裸体を晒す羞恥や寒暖、紫外線等々から守ってくれた服を、早く売ってこの部屋からその存在を消してしまってスッキリしたいと思うのだから何とも現金で酷い話だ。
 僕はものを捨てるのが本当に苦手で、これは結構気持ち悪いと自分でも思うのだが、学生の頃に友達からもらった旅行土産が入った包装紙——何の変哲もない普通の紙である——をずっと取って置いていたりする吝嗇な人間である。というのも、すべてのものに人の手がかかっていると考え、人の手を通過したものには少なからずその人の意思が内在しているような気がしてしまい、無下に扱うことが出来ず捨てられないのだ。無機物に対する己の心の投影なのだろうが、どうしてもものに心を見てしまう。今回断行した服の一斉処分は、自分が実際に着用していたものなので、貰ったものとは意識の仕方が違うため単純な比較は出来ないが、ものを処分することは気分転換にもなるし意外といいものだと思った。ミニマリストに憧れを抱いたことは微塵もない。しかし僕の部屋にあるCDやレコード、本やマンガを一気に全部売り払ってしまうと、僕の気分はどうなるのだろう、とか、現実的に一体いくらになるのだろうと考えることは、実は結構ある。今の所それを行うだけの労力も人生における転機のようなものも必要性も感じていないので妄想止まりだが、本当は捨てて一度まっさらな身となって、新たなスタートを切ってみたいという欲求があるのかもしれない。
 3月のある日、僕は割と大きめな袋2つ分になった不要な服を売るべく、左右それぞれの手で持ちながら街へ繰り出した。快晴の天気で日差しは暖かく、にわかに冬はもう終わったのだと感じた。無事に服の買い取りを済ませると、出来たお金で待ち時間に見つけた古本を買った。部屋にあった服は新たに本に練金され、結局また部屋の空間を埋めるのである。そしてB○OK OFF内で回転する閉じたお金の流れに若干の虚しさを覚えつつ店を後にした。

 街をふらふら歩くと、若者が多いように思えた。なるほど、もう学校は卒業を終えた時期である。
 僕の印象に残っている卒業式は高校生の時のものだ。熱心に勉強に打ち込むわけでもなく、課外活動や部活に精を出すわけでもなくそれなりに過ごして、別段高校に思い入れがあったつもりはないのだが、式が始まってから間もなく、僕はギャン泣きしていた。自分でもどうしてこんなに泣いているのかよく分からないくらいだった。これ以来、僕は確実に涙もろくなった。涙腺のたがが外れた感じである。僕は挨拶を読む役割があったので、式が進むにつれ次第に落ち着いていったが、閉会後、隣にいた女子から「志村がずっと泣いてるからわたし全然泣けなかったんだけど」と言われる始末であった。卒業生の歌では「仰げば尊し」等のオールドスクールな曲ではなく現代のJ-POP、しかも僕のあまり好きではない曲を唄わなくてはならなかったため、ピアノの伴奏を買って出ていた。唄いたくない、というのも動機のひとつであるが、もう一方で最後にピアノを弾けるアピールをかまして一目置かれたい(心の声はあわよくばモテたい)という下心があった。僕にも思春期らしい衝動があったわけだ。確か在校生の送る歌——何の曲だったかは忘れた——の後すぐに卒業生が唄ったはずである。指揮をする女子の大仰で奇妙な動きを見つつ弾き始めたとき、鍵盤がやたらぬるぬるしていて滑りそうになったのを強烈に記憶しているからだ。伴奏をしていた後輩の子は緊張していたんだろうなぁとそのとき思った。つつがなく演奏を終え、無事に卒業式も終了し、謝恩会まで友人らと話したりして時間的な余裕はだいぶあったように思うが、同級生からも下級生からも伴奏についての反応は何一つなかった。まぁこんなもんだよな…と思いながらその後、ロッテリアだかマクドナルドだかで夜遅くまで最後の制服姿で男友達とくだらない話をしていた。何とも青春ではないか。

 そんなことを思い出しつつ帰りの電車に乗った。席が空いたので座ると、隣にはお母さんと抱きかかえられた赤ちゃんが座っていた。ちょうど僕の方に顔を向けて赤ちゃんが寝ていたのだが、赤ちゃんを見ると僕は今までに感じたことのない愛おしさを覚えて驚いた。勝手に将来きっといい顔の子になるんだろうな、と思わずにはいられないくらい可愛らしい顔をしていたので、単に造形的な感動だったのかもしれないが、ありふれた日の電車の中で、全く知らない赤の他人の子どもをここまで可愛いと思うとは予想だにしなかった。正直に言うと、これまで赤ちゃんを可愛いという感覚がいまいち掴めていなかったのだが、もしかするとこういうことなのかもしれない、と思ったほどだ。春らしい出来事だと感じた。


(アルベルト志村)
060. 縁
2016年02月24日
 電車で同じ車両にたまたま居合わせた人は、前世でも同じ空間――江戸へ続く街道のとある茶屋とか、あるいはアフリカあたりで何かの祝祭が開かれた広場――にいたことがあったかもしれない。ある人と関係が深くなれば、昔も友達だったのかも、とか昔は恋人だったのかも。疎遠になってしまえば、実は昔もそこまで固く結ばれた関係ではなかったのだろう、とか昔もこうやって自然に離れていったのかな、という具合に考えることがままある。
 僕が特に好きなことわざで(座右の銘とか好きな名言はぱっと浮かばないが、ことわざだけはこれと決まっている)、「袖振り合うも多生の縁」というのがある。僕には前世の記憶がないので、前世の存在を論理的、物理的な観点から見て肯定しているわけではないが、全く否定はしていないし、あっても不思議ではないと考えているし、思想としてその存在に妙に納得もしている。
 そもそも何でもないような人との出会い――たまたま行ったライブで隣になった人と軽い挨拶をしたなんていうレベル――それ自体も世界に何億といる人の数を考えると、物凄い確率だと思うのだが、自分にとって良い、あるいは悪い等、印象に残っているものだけをピックアップして「これは縁だ」と主張するのは都合がよすぎる気もする。自分の誕生日の数字がやたら目に入ってしまうように、意識の偏りから、目立ったものだけを取り上げ勝ちになる。その反面、そんな途方もない確率の中から出会って(遭遇して)更に印象に残ったり何かが通じ合う人と知り合うことは、もっと確率は低いはずで、確かに縁とも言えるかもしれないな、とも思うのだ。
 かつて知り合った人に「縁って不思議だけど、やっぱりあるものだよ」と言われた。確かにその人との知り合い方は不思議だった。意外な人と人のつながりを知ったこともあった。あらゆる出会い――人でも物でも出来事でも何でも――に於いて、自分の力がとても及ばないところから、何らかの力が働いているような気がする時はある。
 縁とは一体、何なのであろうか。

 去年の今頃だったと思うが、とある展示に誘われた。僕も行きたいと思っていた展示だったのでオッケーの返事をした。調べてみるとその会期中、あるワークショップを開くというので興味を持った僕は、せっかくの機会だし参加してみようという旨も伝えた。抽選で外れるのを覚悟で応募してみると、あっさりと当選した。僕が想像していた以上に応募者は少なかったのかもしれない。
 当日、待ち合わせに遅れるという連絡があったので、展示がある博物館の最寄り駅でぼんやりとしていた。辺りにはコンビニとスーパーしかなかったので、ずっと駅舎の中から窓越しに風に揺れる木を眺めていた。
 ワークショップでは各々があるテーマ(大まかに言うと自分が好きなものとか影響を受けたもの)に基づいた資料を持ち寄るように言われていた。参加者は20人ほどだったろうか。大学のゼミや少人数の外国語の授業で使うような部屋で、共通の目的を持つ見ず知らずの人たちと数時間一緒に過ごすのだ。参加した人たちの趣味という個人的な――内面に根差した嗜好、そのほんの僅かな一部分に触れて、何となくその人となりを想像する。それぞれの趣味の中に、僕が好きなものや興味のあるものと共通する部分を見出して、具体的な想像の材料とするわけだ。そこから話し方や服装の傾向なんかも見てみる。ある意味でそこは自意識の発露の場だった。自分を基点としたアナロジー、すると少し“他人”ではなくなったような気になる。奇妙なつながりを発火点にして、異様な熱気が時間の経過とともに部屋に充溢していくのを感じた。そして同時に、僕がその熱気に上手く乗っかれずにいるのも。
 ワークショップが終わり、僕たちは部屋を出た。その部屋から出てしまえば参加していた人たちとはまた“他人”に戻る。厳密に言うとワークショップ中も他人だったのだが、そんなものは存在しないのにまるでスイッチが切り替わったかのように戻る。そう見えた。
 帰りの駅のホームで参加者のペアをたまたま見かけた。向こうがこちらに気付いたかどうかは分からない。何か声をかけていれば繋がりができたかもしれないし、何もしなければこのままもう一生会うことはないだろう。それは人生を変える出会いだったかもしれないし、全く影響しない出会いだったかもしれない――その時ふとそんなことを思った。よくあることだし本当に些細なことだが、人生の分岐点のようなものを感じて、悲しみなのか寂しさなのか分からない何かで心がぎゅっとなった。何かが交差した瞬間、地点に立っていた。
 何万何億と繰り返される小さな大きな出会いと別れの積み重ねに果たして耐えられるのか。そんなこといちいち気にして意識したらきりがないし、気にする人もいないと思うが、自分はどうなのかと考えた。これはまさに縁だ、と思うような出会いや遭遇したチャンスがこれまであった。しかし、その僥倖に甘え、努力を怠り、他人に任せて、かすかなつながりの萌芽を見せたそれらを見事に自分からぶった切ってしまった、という自覚、悔恨があるのも事実だ。人間関係に於ける問題ひいては性格を正当化して、弱さをごまかすために僕は“縁”という言葉を使っているのではないか?「縁がなかった」という割り切り方はどこか自分の責任を遠ざけている印象がある。それは人知を超えた力がそうさせたのだから仕方がなかったのだ、という言い訳ではないか?――煮え切らない感情の狭間で僕はしばし揺れて、「……まぁ出来る限りやってみてダメだったら、そうしたら縁がなかったってことだ」なんて嘯くのだ。
 
 ちなみにワークショップで作ったものは、封筒に入れて持ち帰ったまま開くことはおろか触ることすらしていない。あの時の熱気がそのまま凝縮してコンパイルされているような気がして、カーテンを閉め切った冷たい部屋の中にあっては、その温度差にとても耐えられる気がしなかったからだ。今ではその存在は部屋の中でも僕の中でも希薄になっているが、やはり開ける気にはならない。


 何故1年も前のことを今更書くのかというと、ワークショップの参加者に、アインシュタインズのツイッターアカウントをフォローしている方がいたためである。恐らく忘れてはいなくとも細かい所の記憶はもう朧であろうと勘定した(そして恐らくこのテキストを見ないであろうことも)。当時タイムラインを眺めていてツイートを見た時は驚き、世間は狭い、と思った。


(アルベルト志村)
059. 辺境より '16 厄除け
2016年01月06日
 2015年の大晦日は格闘技を見て過ごした。地上波ではウン年振り(詳しい年数は失念した)の放送だそうで、格闘技ブームが列島を席巻していた頃の、年が変わる瞬間のわくわく感が試合や選手、観客の熱気と相まっていかにも大晦日らしく盛り上がるあの当時のお祭り感を少し思い出した。とは言っても、僕はもともと根っからの格闘技ファンではなく、PRIDE消滅とともにK-1も見なくなったしプロレスやUFCに興味が向くといったこともなかったのだが、ブームが下火になってしまって以降、民放各局が何を大晦日に放送していたか?と問われると答えに窮するのは確かだ。それほど当時の格闘技はインパクトがあって面白くて熱かった。
 久々に復活した年末の総合格闘技は、もちろん各々さまざまな感慨や感想があると思うが、僕は時代の流れを痛感させる哀しさが先行してしまって、手放しに楽しめたかというと必ずしもそうではなかった。歳を重ねる毎に、大晦日とかカウントダウンとか年越しなどそういったことに関心が無くなりつつあるというか冷めていくというか――特別騒ぐようなタイプでもなかったのだが、そんな状態なので、今後かつてのように楽しめるのかどうかは分からないというのが正直なところだ。もちろん、また恒例の行事になってくれるのならば嬉しい。
 2015年、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは現役引退し、エメリヤーエンコ・ヒョードルは復帰した。

 2016年になった。
 元日のあくる日、買い物の代金を支払うべくコンビニへ出かけると、駐車場の隅にチューハイのロング缶を足元に置いてうずくまっているおじさん(カーキのモッズコートを着ていて坊主頭)を見かけて、急に正月を感じた。あけましておめでとう、と挨拶された時よりも強烈に。何故だか理由は分からない。おじさんの事情も分からない。青すぎる冬のうららかな日。にっぽんの正月であった。

 年明けから数日が経ち、ぼちぼち人出も落ち着いた頃だろう~と高をくくって初詣へ出かけた。定期的に神社へは散歩がてら参拝をするが、いつの間にか初詣をしないとなんとなく気分が落ち着かない体(精神?)になってしまった。これが信仰というものであろうか。
 三が日を過ぎたと言ってもまだ松の内である。参道の両側には出店が軒を連ねていた。いつの間にか聞き慣れない食べ物――いわゆるB級グルメというやつ――を売るお店が増えた。カップルや家族連れ、友人や同僚らと連れ立って拝殿へ向かう参拝客はまだまだ沢山いた。入れ替わるように破魔矢を抱えた人たちが向かいからやってくる。けだるそうに店番をする髪を明るく染めた若い女性や、威勢のいい若い男性が鉄板でイカやら麺やらを焼きながら声をあげていた。お好み焼きやケバブ、から揚げ、じゃがバタを買い、簡易のテントが張られた飲食スペースでお酒を飲む大人たち。子供たちはおもちゃを売る出店の前に集まっている。カレンダーを売る出店では、風景などの当たり障りのないものと一緒に、何故か女性のヌードのカレンダーが堂々と売られていて、毎年それを確認しては平和を噛み締めていたのだが、今年ざっと見た限り、水着のモデルのものに抑えられていた。あるいはもう売れてしまったのかもしれない。辺りは油とソースと甘酒の匂いが漂っていて、抽象的で象徴的で牧歌的な記憶を刺激してきそうだ。そんな中、男一人でふらふらとやってきた僕は酔狂のように感じた。イヤフォンから流れる小沢健二の「LIFE」が沁みる。
 粛々と参拝を終えると、おみくじを買った。開いてみると「向吉」という見覚えのない字面が出て戸惑うも、吉に向かうということで、まぁまぁな運勢らしい。引き続き悩みごとは尽きないが、まぁいい感じになる、欲深にはなるな、ものをおしむとよくない、というようなことが書いてあった。そうか、結局今年も悩み続けるのか。

 コンビニで代金を支払ってから数日後、商品の在庫がないとか先に購入した人がいたとかどうとかで返金する、という連絡がって、年明け早々げんなりしたのだが、何となく己の欲を試されたような気分になった。


2016.01.11 付記

 新年ということで、ささやかながら、ほんのちょっとしたおまけ、です。
 copipe recordsのショップでお買い物(どんな商品でも構いません)をして頂いた方に、「志村選・2015年邦楽ベスト」的MIX CDをおまけとして付けます。我々の作品と合わせて楽しんで頂ければ幸いです。どうぞこの機会に。
 気が向く限り付けますが、突然終了することもありますので予めご了承ください。

http://copipe.theshop.jp/


(アルベルト志村)
058. 謹賀新年
2016年01月01日
年賀2016


happy new year

今年もエンジンゆるめでがんばります


アインシュタインズ

057. 動く展のお知らせ
2015年12月01日
12月1日から14日まで、群馬県前橋市にありますアートスープさんというギャラリーを中心に、動く展という企画展が催されています。
12月5日(土)にはシネマまえばしにて上映会イベントがあり、絵空摩耶さんが制作したアインシュタインズ「へんげ」のアニメーションが上映されます。とても可愛いです。スクリーンで見る機会はなかなかないと思うので是非。

https://ugoku-ten.themedia.jp/


(アインシュタインズ)
056. 本にまつわるあれこれ 10月編
2015年10月27日
 友人からPS3をもらったので、DVDプレイヤーとしてのお噂はかねがね伺っております、さてその実力は如何ほどですか、と持っているDVDやBlu-rayを見返していた中に、ヤプーズのライブDVDがあった。PS3の性能のおかげか戸川純の可愛さを再認識、改めてネットで検索をかけた際にたまたま彼女の著作(『樹液すする、私は虫の女』『戸川純の気持ち』『戸川純のユートピア』)があることを知った。こんな本が出ていたのか!今まで露ほどその存在を気にもかけず知りもしなかった己を恥じた次第である。猛烈な物欲に駆られ、某大手オークションサイトや古本屋サイトを調べてみるも、その結果は芳しくなかった。これは地道に古本屋をあたるしかないか、と長期戦を覚悟し、欲しい本リストにその書名をメモしようとした矢先、某大手中古レコードショップが“戸川純の本3冊まるっと入荷”との情報が。何たる僥倖であろう、そのタイミングのあまりのドンピシャ具合に、大いなる存在に感謝したくなるほどであった。はやる気持ちは抑えられず、空気がしんと静かに冷えゆく黄昏の街へ僕は繰り出した。
 週末だったせいか、街はにぎわっていた。件の店へ直行し、初心者マークを胸元の名札に着けた店員さんに本のことを尋ねると、わざわざ棚を一緒に探してくれたので、面倒な客で申し訳ない、などと心の中で謝りつつ首尾よく3冊とも入手できた。
 それから満足のいく買い物をした充実感に満たされたまま、某大手チェーンの古本屋に行った。文芸や芸術書コーナーを見た後、詩集・短歌コーナーを見ていると、「短歌いいですよね、おすすめってありますか?」とやにわに話しかけられた。振り向くと見覚えのない男性が立っている。この日、店員に間違われるような恰好はしていなかったので、彼は意識的に話しかけてきたようである。僕は外出の数がそう多くないにも関わらず、駅で停車駅や電車を聞かれたり(初めて利用した駅でもあった)街中で道を尋ねられたりすることが、その分母の数にしてはなかなか多い割合であるのだが、これまでの人生で――新品を扱う書店・古本を扱う古書店合わせて結構な回数行っている中で、書店でこのように声を掛けられた記憶はない。一度レジのおばさんに会計の際、「この本面白いですよね、私も好きなんです」と言われたことがあったが、この時も結構面食らったものだ(おまけにその本はおつかいで頼まれて買ったので、僕が読むものではなかった)。僕もそんなによくは知らないのですが…と答えつつ知り合いかどうかを改めて確認するために足元から上へそれとなく視線を移したが、やはり全く知らない人だった。少し老けた感じではあるが、僕よりは若いだろうことが察せられた。彼は「僕も最近短歌に興味を持つようになって――」と話し、そうなんですか、と僕は答えると、「――よく映画とかに出てくるじゃないですか、一言かっこいいこと言う人。何かそういうのいいなって――」そんなようなことを続け、興味を持ったきっかけを教えてくれたのだが、正直よく分からなかった。僕は彼の話に興味を持っていないことを悟られても全く問題ないが会話を円滑に進められ得る最低限の相槌を打ち、とりあえず近代の歌人や有名どころの現代の歌人、文庫、新鋭短歌シリーズなどを教えた。すると好感を持たれたのか話し足りないのか、「映画とかも見るんですか」だとか、「どこに住んでるんですか」だとか、「普段何をしてるんですか」だとか個人的なこともぐいぐい聞いてきたので、この後怪しい勧誘か何かが始まるのではないかと警戒感を高めつつ、あまり具体的な内容は伏せて質問に答えていた。すると「○○(僕の地元。話の流れ的に教えなくてはならない感じになって教えてしまった)に今度行っていいですか?色々教えてください」と心のK点にぐっと踏み込んできたので、一気に僕の警戒レベルはマックスへ達した。話の途中、社会的動物である人としての一般的な良識は持っているように感じられたのだが、その馴れ馴れしさは君の良識に照らし合わせてどうなんだという問いを胸に浮かべ、ではそんな感じで…とお茶を濁し無理矢理に辞去した。あれが天然のコミュ力だったら凄いなと尊敬の念を抱きつつ、もしかするとこういう特徴的なことを起こしてSNSやブログで言及されているかどうかを後から検索し、特定するゲームではないのかと被害妄想を逞しくもした。恐らく単純に短歌に興味を持ち、どうしても質問がしたかっただけだとは思うが。ひょっとすると彼に歌を詠む才能があって、作歌を始めると、やがて今日のことも歌にしたりあるいはエッセイか何かに書くかも知れない。帰りがけ、未来の歌人(未定)に思いを馳せた。


 10月に川上未映子さんの新刊が、それも4年振りとなる長編が出ると知ったのは9月のことだった。『あこがれ』か…マストバイ。そう心で静かに即決し、折ある毎に情報をチェックしていたのだが、10月某日、刊行記念のサイン会があることを知って参加をこれまた即決。整理券のWEB予約分は気付いたら満数で終了してしまっていて動揺したが、サイン会が行われる三省堂神保町本店へ開店時間ちょっと過ぎ、電話にて問い合わせたところあっけないほど無事に予約ができて一安心した。
 当日、サイン会は19時からだった。神保町をふらふら見て回ろうと思い少し早めに出たが、駅に着いたのは夕方だった。ちょうどその日から神田古本まつりというイベントが開催されていて、靖国通り沿いには連なった提灯が薄暮の街に淡く光り、その下にずらりと並んだ青空古本市のカート、秋の深まりと共に日が沈むのが早まり、冷たくなる空気の中、本を手に取る人でにぎわう様は何とも言えない風情があった。一帯を覆う雰囲気だけで僕は良い心持ちになり、まずはざっと見て回り、三省堂で予約していた本とサイン会参加券を受け取ってから、改めてゆっくりと本の回廊――もらったパンフレットにはそう書かれていた――を見て回った。最近特に進んで読んでいる詩集を数冊買った。
 そういえば音楽関係のサイン会やイベントにはこれまでに行ったことがあるが、文芸関係は初めてなので何か勝手は違うのかな、と思いお得意の検索をしたところ、以前川上未映子さんのサイン会に参加した方のブログが出てきた。読んでみると、感想とか言ったり結構熱い思いをぶつけたり割と会話する時間があるっぽい情報を得て、にわかに緊張が高まった。感想、あの…その…好き…です、くらいしか言えない気がする。きっと、私は俺は僕は、と自分の主張を伝えたいファンの方が圧倒的に多いだろうから、話す時間があったら逆に色々質問してみようと考え、何とかその緊張を和らげようとした。
 19時を過ぎたので三省堂へ向かうと、既にサイン会に参加する方の列ができていた。ほとんどの方が件の新刊を読みながら並んでいて、その光景はなかなか今まで見たことのないものだった。僕は家に帰って精神を落ち着けてから読みたかったので、スマートフォンでスポーツニュースなんかを見ていると、「高橋由伸現役引退、監督就任へ」というニュースが目に飛び込んできてひとり狼狽した。並んでから1時間ほど経ち、店内に閉店のアナウンスが流れ、店じまいの準備を店員さんがし始めた頃、いよいよ順番が近付いてきた。僕の前に並んでいた女性の方は手紙を渡したり(予想だが、手紙を渡すファンの方は結構多いのではないかと思う)、他のイベントにも参加したことがあるようで話が盛り上がっていた。その様を見ると緊張で頭がぼんやりして完全に質問することを忘れてしまった。さて、僕の番となった。「こんばんは」と挨拶をして、為書きだったため川上さんが僕の名前を書いていると、隣に立っていた恐らく出版社の方であろうと思われる男性が名前に反応――僕の名前は7割方、初めて会う人に同様の質問をさせる――したので、そこに出版関係の方の気遣いというか気分をノせる上手さを垣間見つつ、いくぶん楽に話すことが出来た。現在「みつけて未映子さん」というタイトルの曲を作っているのだが――もちろんこれは川上未映子さんから拝借した、そのことを厚かましくも伝えると、「えぇ!どんな曲ですか、歌ってみて下さい」と言われてしまい、僕のシャイネスはここぞとばかりに発揮されて、薄笑いで誤魔化してしまった。最後に握手をして終わり。川上さんはとても気さくでお綺麗だった。帰途、何だかんだ言って僕も自分の主張に終始してしまった、と顧みて、ああやって他人の個人のパワーを浴び続けるのは大変だろうなと思った。しかしとてもいい記念となり、貴重な経験ができた。曲の発表は、いましばらくお待ちいただきたい。


(アルベルト志村)
055. ラブリーサマーちゃん - ベッドルームの夢 (einsteins remix)
2015年10月19日
ラブリーサマーちゃん「ベッドルームの夢」のリミックスを作りました。
秋の夜長に是非。





(アインシュタインズ)
054. 日付けのない日記⑥
2015年08月23日
 7月の終わり、所用の合間を縫って出掛けた僕は中央・総武線の電車を待っていた。
 一番の目的であるガイジンで催されている木村和平氏の展示を見るため高円寺へ行こうとしていたが、ついでに吉祥寺もふらふらしようと思っていた。その日は電車が一部運休になっていたり遅延していたりしたため、中野駅止まりの電車を降りると、しばらくホームでぼんやりとしていた。同じく電車を待っている人の中に、傘を持った人がちらほらいる。確かにビルのあいだから遠く見える群雲は暗く、夕立がきそうな雰囲気であった。僕は傘を持ってきていなかったので、このまま雨が降らないことを祈った。
 やがて電車が来たので乗りこんだ。まず吉祥寺駅で下車し公園口を出ると、人が多く感じた。世間は夏休みになっていた。そして思いのほか空は明るく、どうやら雨は降らずに済みそうではあったが、夏の日差しは少なからず僕の気を滅入らせた。何故か僕は熱中症になることに過度の恐怖を覚える。こういう時は、ふらふらしようと思っても結局は行きたい店に行くだけで終わってしまうのが常だ。道路沿いにあるレコードショップを覗くと、ワイシャツを着たサラリーマンらしき中年男性が無心にレコードを繰っていた。お昼休みの時間なのか外回りの途中なのか、以前、新宿のレコードショップでもこのくらいの時間帯に同様の光景を見かけたのを思い出した。彼の趣味や家庭のことなどを勝手に想像すると、必ずしも僕は幸せな心持ちにはなれなかった。次いで寄った古本屋では買いたいと思わせる本が沢山あり、日々の雑事を忘れ、夢中で棚を眺めた。棚を見ている僕の姿はさっき見かけたサラリーマンと何ら変わらないものであっただろう、と後から思った。その店では結局、文庫を1冊だけ買った。
 それから僕は公園口とは逆側へ向かった。何か考えながら歩くには通りに人が多過ぎる。僕は何を見るでもなく考えるでもなく、始終ぼーっとしていた。ふと、梶井基次郎の小説を思い出した。登場人物は何か身体的な病気を抱えていたりするのだが、街を鬱々と彷徨しては自然やある情景を見て少し心を清くしたり、不意に滅入ったりする。そんな彼らに自分を重ねたわけではないが、今度書くブログの記事の題を『夏の日』としようか、などと思った。目的の古本屋へ着くと、クーラーが効いていて快適だった。棚を隅から隅まで見たが何も買わずに店を後にした。帰りがけ、通った商店街に喫茶店を見つけたので入ろうかどうか迷いつつ、僕はそのまま駅へ歩みを進めた。
 高円寺に着くと、早速目的のガイジンを目指した。スマートフォンの地図を見ながらでも案の定道に迷ってしまい、うろうろしているうちにだいぶ汗をかいた。夏にかく汗は嫌いではないが、これから人と接するであろうという時にかく汗は野暮ったくて少し嫌だった。ようやく店を見つけて入ると、すぐ右手側に写真が数点展示してあった。奥にも少しサイズが大きなものが数点。ガイジンの古着を着た女性がモデルになったものや、風景など。見ていると奥から店員さんが出てきたので、写真を購入したい旨を伝えた。今回の展示では作品の販売があるというので僕はとても楽しみにしていて、普段は持ち歩かないような小金を財布に忍ばせてきていた。「じっくり見て吟味してください」と店員さんは言った。女性がモデルになっている写真も良かったが、部屋に飾るにはいささかぱきっとしていて画が強すぎるため、浮いてしまうような気がした。僕が選んだのは光がグレアというかブラー状になっている写真だ。10人に聞いたら恐らく好き嫌いは抜きにして10人とも綺麗であると答えそうなもので、綺麗すぎてかえってあざとい印象すら与えかねないと思ったが、それは買わない理由にはならない。購入の際、店員さんに「ガイジンは初めてですか」と聞かれたので僕は、以前通販を利用したことがあります、と答えた。とは言っても、僕が購入したのは服ではなく、フォトジンやMIX CDだった。しかしこういう店を見たり買い物ができる女の子が心の底から羨ましいと思った。作品の受け取りは展示の会期終了後とのことだったので、代金を払い記帳をして僕は帰途についた。
 
 後日、展示が終わり写真の引き取りが可能になったとの連絡を受けた。それから何日か経った後の休日に出掛けることにした。
 まず品川の原美術館へ行った。サイ・トゥオンブリーの展示を見るのも僕は密かに楽しみにしていた。土曜日だったせいか、人出は思っていたよりも多かった。作品は想像していたよりも大きいサイズで、近くから見るのと遠くから見るのとでは印象が変わった。順番はあまり気にせず、行きつ戻りつして見て回った。
 それから渋谷で珍しく服を買った。それは当初の目的のものではなかったが、僕は新しい服を買うと、外へ出る意欲が湧くという単純な男である。本来買う予定だった服は、オンラインショップでは”店頭在庫残りわずか”となっていたので、在庫を電話で店に確認すると、「システム上では在庫有りの表示になっているのですが、これはエラーで、店舗を確認したところ品切れでした。」とのことだった。対応した店員さんは続けて「申し訳ございません。大丈夫ですか?」と言った。僕は大丈夫です、ありがとうございます、お手数おかけいたしました、と答えたが内心、大丈夫って何だろう、と思った。僕がダメですと答えたら、店員の中の誰かが私物として所持しているものを安価で譲ってくれたのだろうか。一体どういう対応をしたのだろう、ないものはないはずのに。
 渋谷から新宿へ向かい、電車を乗り換えて高円寺駅で降りると、ガイジンへ向かった。僕はまた迷った。一回行っているから大丈夫だろうと高をくくっていたら前回と全く同じ迷い方をした。この店は見覚えがあるぞ、と思いながら歩くも、そこは以前迷って当てもなくうろうろしていた時に通っていた道だった。夕闇が迫っていたが、まだまだ蒸し暑かった。結局スマートフォンの地図を見ながらガイジンへ着くと、写真を受け取った。にわかに気分は高揚した。高円寺では絵本専門の古本屋と、古書店へも行った。それぞれ絵本を1冊、文庫を3冊買った。すっかり日が暮れた商店街の雰囲気は堪らなく良いもので、買い物袋を下げた人たちとすれ違いながら、何かを味わうように少しゆっくり歩いた。肩に荷物をたくさんかけた僕は、いつもよりも充実した心持ちで帰りの電車に乗った。


(アルベルト志村)
053. 日付けのない日記⑤
2015年07月31日
 いよいよ夏がその無邪気さでもって熱をあたり一面無差別にばらまいて抱かせんとする時候、ややもするとその熱は僕から気力や体力を奪い、出不精に拍車をかける元になりかねないが、いくつか外出の目的を作ることで己を奮い立たせたその日は、家を出る時、ほんの少しだが小雨がちらついていた。それでも暑さは一丁前で、タオルと折り畳み傘をバッグへ入れた。

 まず銀座・京橋へ渡邊のり子さんの展示を見に行った。銀座は家族連れや外国人観光客などが見受けられた。思いのほか歩行者天国に人はいなかった。その水滴が肌に当たるのを感ぜられる程度に雨は降っていたが、持ってきた折り畳み傘をわざわざ取り出して差すその所作と手間を思うと、バッグの中にそのままにして目的地へ向かった方が面倒のないように思えたし、この程度では少し汗をかいたのと変わらず雨に濡れた内には入らないとも思った。少し道に迷いながら、地図(スマホのアプリ)を確認しいしいギャラリーへ着いた。入ると突然「こんにちは」と声を掛けられた。恐らく渡邊さんご本人であろうと思われるが、全く予期していなかった挨拶と、生来の人見知りがとっさの判断を余計に鈍らせ、気味の悪い会釈をするのが精いっぱいであった。たいそう失礼であったと思う。僕の他に男女2人連れのお客さんが親しげな様子で話しながら展示を見ていたので、尚のこと僕は畏縮してしまった。展示は素晴らしかった。およそ5センチ四方の木製の箱に、それぞれテーマを伴ったコラージュや立体作品が置かれ、その中に小さな世界や宇宙や感情なんかが広がっている。その箱がずらりと並んだ様は圧巻で、単純に見た目にも美しく可愛い。何とかして「凄く良いですね」と感想を伝えようと思ったが、結局何も言えずにギャラリーを後にして、声を掛ければよかったとすぐに後悔をした。

 渋谷へ行き、井の頭線に乗り換え下北沢で降りた。正直言うと、僕はあまりこの街が得意ではなかった。お店の位置関係が全く分からず、行くたびに迷っていた。で、何となくぐるぐる歩いていると何となく目的のお店に着く、といった感じだ。そして何よりも夢を持った若者たちの街というイメージと、実際に多い若者たち、人いきれ、更にはかつて若者だった人たちが持っていた夢、叶えられなかったその無数の夢の残滓が澱のように沈殿しているような気がしてならず、何となく気分がどんよりとするのだった。銀座でもそうだったが、スマートフォンという文明の利器のおかげで、とりあえず地理的な問題は解消されたきらいがある。
 最初にレコードショップで取り置きしていた商品を引き取った。新品のEPの値段が1500円を超え、LPは4000円を超えだしてから、レコードへの興味は確実に薄くなった。もとより過去のものは追い出すときりがないので自重している。もうレコードはあまり買わないかもしれない。
 それから古本屋を覗いて、そこではセンダックの絵本(洋書)を買った。ついでとある本屋へ。ぼんやりとしながら棚から棚へ。するとリトルプレスらしい本が目に入った。表紙に惹かれ、帯を見るとECD氏がコメントをしている。興味を持ってサンプルを見てみると、どうやら主に日記・エッセイを収録したものらしい。何だかとても気になったので買ってみた。植本一子さんの『かなわない』という本である。
 適当に下北沢をふらふらするとお祭りをやっているようだ。そういえば提灯が下がっていて、浴衣を着た若者も見かけた。ある通りへ出ると、フリーマーケットや、イベントのようなものもやっていた。夏だ、と思った。同時に、結構いい街なのかもしれない、とも思った。雨は少し降っていた。僕は折り畳み傘を差していたが、傘をしまう袋をどこかに落としてしまっていた。

 帰宅後、購入した『かなわない』を袋からあけると、一気に読んでしまった。何かと予備知識不足で、植本さんがECD氏の奥さんだったのも読んでいくうちに知ったのだが、あまりの赤裸々さに衝撃を受けた。僕と環境的あるいは境遇的な共通点は探す方が難しいくらいであるが、その内容にはっとした。読み終わった後、しばらく呆然として何とも言えない読後感を噛みながら、甘いのか苦いのかしょっぱいのか、この味は一体何なのか、何だったのかをしばらく考え、これは凄い本だ、と思った。強烈さに癒されたような、セラピーを受けたような気さえした。あるいは全くの勘違いかもしれない。


(アルベルト志村)